わたくしは、小学校1年と2年は笠加地区の「淳風小学校」へ通い、3年生から新築なった「邑久小学校」へ行くようになりました。
旧邑久町は、それまで「邑久」「豊原」「明徳」「福田」「淳風」「玉津」「今城」の7小学校区に分かれており、そのうち「玉津」「今城」以外の5小学校が統合され、新「邑久小学校」へと受け継がれていきました。時代は、マンモス校がトレンドになっていきます。
その5校の旧校舎は、地域のコミュニティになったりお菓子工場になったりしてそれぞれの末路をたどっていますが、「明徳小学校」だけは現存しています。
今日、険しい坂道をクロスバイクで登り切り、初めて来てみました。

明徳小学校跡。
どうして、戦国以前の山城みたいにこんな山の頂上にあるんだ。子どもたち、通学が大変だったろうに。道理で、明徳から来た奴ら、あんなにたくましかったわけか。

往時の面影をそのまま残す校舎。趣があります。
自分の母校じゃないのに、こんなに懐かしく感じるのは、きっと淳風小学校もこんな風情だったに違いないから、かもしれませんね。
来年は、桜が満開の時に来てみたいと思いました。

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旧邑久町は、それまで「邑久」「豊原」「明徳」「福田」「淳風」「玉津」「今城」の7小学校区に分かれており、そのうち「玉津」「今城」以外の5小学校が統合され、新「邑久小学校」へと受け継がれていきました。時代は、マンモス校がトレンドになっていきます。
その5校の旧校舎は、地域のコミュニティになったりお菓子工場になったりしてそれぞれの末路をたどっていますが、「明徳小学校」だけは現存しています。
今日、険しい坂道をクロスバイクで登り切り、初めて来てみました。

明徳小学校跡。
どうして、戦国以前の山城みたいにこんな山の頂上にあるんだ。子どもたち、通学が大変だったろうに。道理で、明徳から来た奴ら、あんなにたくましかったわけか。

往時の面影をそのまま残す校舎。趣があります。
自分の母校じゃないのに、こんなに懐かしく感じるのは、きっと淳風小学校もこんな風情だったに違いないから、かもしれませんね。
来年は、桜が満開の時に来てみたいと思いました。

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