昨年末。年の瀬も押し迫ったある日のこと。

連日のイチゴ収穫で疲れ切っていたぼくは、湯舟につかりぼんやりと前を見ていた。体が次第に温まってくる。

どれぐらい時間が経ったのだろう。ふと気がつくと、知らないうちに浴室に入って来ていた妻が、びっくりしたような真顔でぼくの方を見ていた。

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事件現場。

この案件を、妻側の目線から追ってみよう。

あの日妻は、いつもより早く2階の寝室に上がり、ベッドに横たわっていた。快い疲れが体を包む。そのまま、スムーズに眠りに入っていけそうだった。

階下では、夫が入浴する気配が聞こえる。ドアを開け体を洗う音がし、きっと湯舟につかったのだろう、その後何の音もしなくなった。

妻は意外に寝付けなかった。異様な胸騒ぎがするのだ。何度も寝返りを打ちながら眠ろうと努力するが、空しく時間だけが過ぎた。ふと時計を見た。もう30分以上経っている。おかしい。階下で、夫が風呂から出る音が聞こえない。何をしているのだろう。まだ、湯舟で温まっているのか。それとも、知らないうちに、もう上がっていたのか。

不安を感じた妻は、布団を剥いで立ち上がり、階下へ降りて行った。風呂の前に立つと、まだ浴室の電灯が点いている。

「ひろしー。まだいるの?」声をかけてみるが、返事は無い。

「ひろしー。ひろしー。」応答なし。

「ひろしー。何があったん?」声を荒げてみるが、気配さえ無い。

妻の心に、恐怖にも似た焦燥感が込み上げてきた。心筋梗塞、脳卒中、溺死、救急車。そんな、これまでリアルに捉えられなかった言葉が、現実のものとして頭を去来する。浴室のドアを、蹴飛ばすようにして叩き開け、大慌てで中に入った。

そこには湯舟の中で変わり果てた夫の姿、ではなく、びっくりしたような寝ぼけ顔でこちらを見ている夫の顔があった。

「寝とったん?」

「寝てないよ。」

(嘘つけ!完全に寝ていたではないか。)

「お風呂で寝たら危ないよ。」

そう言ってドアを閉めた妻は、あきれながらもどこか安堵した心持ちで、再び寝室へと上がっていった。

翌日、夫はいきさつを聞いた母から、お風呂で寝てはいけないとこっぴどく叱られたのだった。

「事件簿 2017 F-361」。

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