📖 山路やまみちを登りながら、こう考えた。
 に働けばかどが立つ。じょうさおさせば流される。意地をとおせば窮屈きゅうくつだ。とかくに人の世は住みにくい。(夏目漱石「草枕」)


もみすりをしながら、こう考えた。
規模を増やそうと思えば人手がいる。機械化するには機械がいる。働きすぎれば体が壊れる。とにかく農業はやりにくい。

もみすり機は高い。乾燥機もコンバインもトラクターも高い。たかが1.5haにも満たない経営規模の利益からは、到底出せる額ではない。経営的には全くナンセンス。大赤字である。

なのに、なぜ米を作るのか。農民としての歴史的使命感なのか。老後の生きがいなのか。はたまた、そこに先祖伝来の田んぼがあるからなのか。そこらへんの動機付けは、曖昧模糊としてなかなか説明ができない。

ただ、親父の世代から我々の世代に農業経営が変わる時、そのモチベーションは受け継がれない。農地の集積や耕作放棄地化が一気に進む。こ世代交代の時に、農業的イノベーションは起こる。起こらざるをえない。

国土利用を誰が担うのか。この下笠加の農地は誰が耕すのか。いやそもそも、うちはどうするのか。

ピピッ!と米袋がいっぱいになったことを知らせる合図が鳴り、さて袋をくくって積み上げるかと立ち上がって横を見たら、82の親父が何にも無いところで躓いてこけていた。

にほんブログ村 地域生活(街) 中国地方ブログ 岡山県情報へ
にほんブログ村