わが子の卒論が佳境に入っているようなので。

わたくしが、愛知県立大学社会福祉学科で提出した卒論は、「部落差別」がテーマで論旨は「差別は自己保身だ」というものでした。

「結婚差別」をテーマに取り上げ、周囲の反対によって結婚が潰されていくときのエポックメイキングな瞬間は、結婚当事者の翻意であり、この翻意さえ無ければ何とかなると考えました。この翻意の際に当事者の心に働いているのは、「自己保身」という損得勘定だと断じました。そして、本来政策的に作り出されただけの理不尽な部落差別に直面しても、ともすれば保身に走りがちな自分を許さず、自分を変えていける主体形成こそが大切なのだと結論付けました。最後は、俺は差別を許さないという決意表明みたいな「論文」になりました。

「論文」の結語には、五木寛之「青年は荒野をめざす」の中でプロフェッサーが語ったこの言葉を載せました。

安全な暖かい家庭、バラの匂う美しい庭、友情や、愛や、優しい夢や、
  
そんなものの一切に、ある日突然、背を向けて荒野をめざす。
  だから彼らは青年なのだ。それが青年の特権なのだ。

実に稚拙な「論文」です。顔から火が出ます。でもあの頃のわたくしは、大学の机上の学問などまったく無意味で、現場での哲学とか現実の方法論、自分はどう生きるかということこそが大事だと考えていましたので、これで文句言われたら教授に徹底的に反論してやろうと身構えていました。

結果は、一部論証の甘さを指摘されただけで、「C」で通りました。まあ、大学も6年目でしたからね。かなりの温情があったことは確かです。

あのころは牧歌的な時代で、卒論は出せばお情けで通してもらえる時代だったかもしれません。近くの大学の経済学部の友人は、経済学専攻のくせに「ロックの歴史」について書き、通してもらっていました。

今はそうではなさそうです。学生がかわいそうです。

大学4回生諸君の幸運を祈ります。


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