ぼくが就農した1995年頃は、全国のイチゴ市場を2つの品種が牛耳っていました。西は福岡を総大将とする「とよのか」勢、東は栃木を総大将とする「女峰」勢です。奇しくも関ヶ原あたりを境に両者にらみ合い、お互い相譲らぬ一進一退が続いていました。この2品種以外のイチゴを作っても、市場では相手にされない状況でした。
しかしほどなく時代は動きます。大果で甘いイチゴを求める市場動向の変化に押されるようにして「女峰」が市場性を失い、東軍が内部分裂します。総大将の栃木が「女峰」に代えて栃木農試育成の「とちおとめ」を採択。東京市場を圧倒的な物量で「とちおとめ」が押さえます。これに抗するかのように、静岡では全県で「章姫」に転換。岐阜は「濃姫」を発表。愛知も「ピーストロ」「アイストロ」で独自の動きを見せる。三重は「サンチーゴ」と「章姫」の両面作戦で市場を伺います。東日本の旧女峰圏は、一気に戦国時代の様相となります。
この東軍の混乱に乗じて攻勢に出るかと思われた西軍とよのか勢ですが、そうはいきませんでした。市場はやはり、変化を求めていたのです。「とよのか」の作りにくさもネックだったかもしれません。総大将福岡が「博多とよのか」のブランドを残しつつ、一部で「さちのか」を投入。これに呼応して、西日本で「さちのか」が広がります。愛媛では民間育種の「レッドパール」が台頭。鹿児島は「サンティア」。熊本はイチゴ栽培面積を急伸させて「ひのしずく」で市場を狙います。奈良は「アスカルビー」。少し遅れて、香川の「さぬきひめ」。しかし、この西軍の混乱を一気に収斂するエース中のエースが、ある中堅産地から生まれます。佐賀の「佐賀2号」、のちの「さがほのか」です。品質の良さと収量性が市場に好まれ、西日本一帯でシェアを急激に伸ばしました。
実はこの「さがほのか」、福岡で育種されたものなのに、技術者のあいだで評判が悪くお蔵入りになっていた品種。これを佐賀の技術者が見つけて、もらって帰り、見事にエースに育て上げたといういわく付きです。福岡が面白いわけがありません。総大将福岡は、独自ブランド「あまおう」で全国をその手中に収めるべく、攻勢をかけています。
まとめ
2大品種の没落後、新品種が雨後の筍のごとく現れ全国でイチゴ国盗り物語が展開されましたが、産地や生産者で試行錯誤、取捨選択が進んで、今はいくつかの有望品種に若干絞られつつあるようにも思えます。今品種としてメジャーになれる特性を備えて、これからおもしろそうなのは、「さがほのか」「とちおとめ」「あまおう」などの既存品種に加え、章姫の後継として静岡で育種された「紅ほっぺ」、奈良の「古都華」、茨城の「やよいひめ」、愛知の「ゆめのか」、愛媛の「あまおとめ」、三重の「かおり野」などではないかなと期待しています。
でも、ぼくは「章姫」が一番好きです。ちっちゃな一国一城の主で十分です。