八方
ラーメン屋に入ると、男達が背中を丸め、黙々とラーメンを食べている。暗い情念に突き動かされているような、思い詰めた顔をして。
來來亭
ゆっくり食べたりしない。十分な咀嚼など無縁だ。カゲロウのように命が短い麺を、最高の状態で胃袋に収めるために、一目散にすする。麺を平らげ具を平らげ、最後にスープをひとくち飲んで、「ああ、おいしかった」とつぶやく。この時、男は初めてかすかに笑う。
笑吉
それは、たとえば剣道に似ているかもしれない。たった3分か4分の勝負のために、鍛え上げた全精力を注ぎ込む。何も邪魔は入らない、1対1の真剣勝負。そして勝利を勝ち取った瞬間の高ぶる思い、ほとばしる歓喜。この一瞬があるから、人は剣道にのめり込む。
黒船
ラーメンには夢があるのだ。「ああ、おいしかった」の感動をもう一度得たいから、人は旅に出る。今の自分のままでいたくないから、新しい自分を発見したいから、人は新しいラーメン屋ののれんをくぐる。「何故?」というそしりも、人を立ち止まらせることは出来ない。さすらいびとである。
たとえくり返し何故と尋ねても ふりはらえ風のようにあざやかに
人はみな望む答だけを 聞けるまで尋ね続けてしまうものだから (永遠の嘘をついてくれ)
最近感動が足りない。
だいたい、妻が塩分を気にして食べに行かせてくれない。